銀色の残像


【5】

 数日後、政宗はまた市の図書館やってきていた。
 受験生らしく問題集とノートを机の上に開き勉強をしている様に見えるのだが、
実のところその視線は図書館の中を泳ぐように動いていた。

『カツッン、カツッン、カツッン』

 手に持つシャーペンの先が、ノートの一点を穴をあけたかのように黒くしていく。
 政宗は一通り図書館を見回すと、ノートに深く記された黒い点に目を落とし、
眉間にしわを刻んだ。

「今日は居ないか」
 思わずそう呟くと、政宗は持ってきた問題集に目を落とす。
 そして、問題文を途中まで読みかけはするものの、図書室の入り口付近に新しい人影が
現れるとすぐに問題の解読から脱線してしまうのであった。

「・ha・・ここ・・こんなに殺風景だったか?」
 誰に言うでもなくそんな言葉が口から漏れる。
 先日目にしたあの銀色の髪の少年がいた風景を、政宗は脳内に思い起しながらもう一度
館内を見渡した。

 
適度な人々が疎らに移動している館内は、程良い静寂を保ちながらその役割を果たしている。
 
いつもと変わらぬその風景を、政宗はなぜか殺風景と無意識に思った。
 そして、初めてあの長曾我部という少年を見つけた辺りに目を留めると、じっとそこを眺めてみる。
 すると、政宗の脳内に焼き付いたあの日の光景が鮮やかに目の中に蘇る。
 政宗にとってあの少年の銀色は、平凡で単調な日々に差し込んだ閃光のようなもだったのかもしれない。。
 自分で追い払っておきながらも、もう一度あの銀色が見たいとノコノコやってきた自分に心の奥底で呆れながらも、
やはり政宗は少年を探してしまうのであった。

「もう、二度と来ねえ・・とか?・・・」
 先日の自分の態度にもう二度とあの少年がこの図書館にこないかも?とも思う、そして本当に出会ってしまったら、
どんな言葉をかけていいのかも分からない。

 だがそれでも政宗は、数日図書館に訪れると薄暗くなる夕刻まで一向に進まぬ問題集を開きつづけていた。


「なあ、あいつ知ってる?」

 政宗は不意に聞こえてきたそんな言葉に思わずそちらを見た。
 今日は高校の入学式。
 政宗は希望していた高校に余裕で合格をし、成績順で決められたクラスの列に大人しく並んでいた。
 まだ名も知らぬクラスメイトが退屈げに並ぶ中、少しでも顔見知りの者が近くになると自然となにかコミュニケーションがとりたくなるのは、
近日まで中学生であった彼らには仕方がない事である。

 政宗の耳に聞こえてきたヒソヒソと小さく話すその声は、もうすでに退屈を通り越していた生徒達にとって、退屈を追い払う小さな風となる。
 そしてその内容が、眼前の校長の話よりも面白そうな匂いをしていると判断すると、
真直ぐ前を向いている視線とは裏腹に、どうにかしてその情報を拾おうと耳のアンテナを
めい一杯そちらに向ける。

 政宗もまたそのその声に興味を覚えると、その生徒の話を聞き逃さまいとその声に神経を集中させた。
「え?誰?どこ?」
「あいつ、ほら、髪が茶髪?っていうか、ほぼ白い奴」
「え?どこ?・・・・ああ、あいつ?・・本当だなんか茶髪っていうより銀髪っぽいね、なに?不良なの?」
『・・・銀色?・・・』
 銀髪と言う言葉に政宗の心臓が『ドクン』と大きく音を立てる。
 そして、政宗はその言葉に自分の見える範囲に目を泳がせた。
『・・くそ、見えねえ・・・』
「いやぁ、不良じゃないとは思うんだけどさ、あいつ俺等よりか1つ年上なんだぜ」
「ええ!そうなんだ!もしかして、何かやって1年留年したとか?」
「あ〜、それはそうじゃないかも、確か小学の時に病気かなにかで1年休んだんじゃなかったかな?」
「なんだ、詳しいんだね」
「ああ、同じ塾に通ってたからな、それよりよ、あいつの髪も凄え色だけどよ、あいつの左目ももっと凄えぜ」
「え?なになに?」
「あいつよ、左目が真っ赤なんだ、だからよ俺等はこっそり『鬼』って呼んでたんだけどな」
「へえ、『鬼?』なんだか怖いねえ」
「まあ、怖いかどうかは分からないな、塾でもほとんど誰とも喋んなかったからな」
「ふうん、なんて名前なの?」
「ああ、あいつ?あいつの名前ちょっと変わってんだ、名前はねえ・」 

『長曾我部!』「長曾我部」

 政宗が心の中で叫んだ名前とヒソヒソ声が言った名前が重なった。

 政宗は、早くなる心臓の音を抑えようと、握り締めた右手を胸に押し付けた。



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