銀色の残像


【7】

「アニキ〜〜、待ってくだせえよ〜〜」
 校舎に響くような声が前方でする。
 政宗は、その声のする先を眺めると、開いていた余所の教室の入り口に、スッと自分の体を滑り込ませた。
「もう、アニキ〜呼んでるに聞こえてないんですかい?」
 廊下の先にガヤガヤと、賑やかにやかましい集団が現れる。昼前の高校の教室前廊下は、専門教室に急ぐ
生徒や休み時間に息ぬきのおしゃべりをする生徒達で賑わっている。
 そんな中で一際大きく騒ぐ声。
「アニキ、アニキってば〜〜〜待ってくだせぇって〜〜〜」
 政宗はその遠くから聞こえる声に、今時そんな喋り方をするやつがまだいるのかと思いながら、やかましく廊下を
通っていく連中をやり過ごす。
 政宗があたかもその教室の生徒のふりを装っていると、政宗以外の生徒もその生徒たちとあまり関わりたくないのか、
その集団が通っていく間は皆おとなしく小さめの声で廊下の隅で様子をうかがっていた。
「ねえねえ、アニキ!次は化学っしょ、俺苦手なんすよねぇ、だから次の授業はフケましょうよ」
「あぁ?アニキって呼ぶなって言ってるだろぅが、それにおめえこの間赤点取っただろがよ、単位とれなかったら
知らねえぞ」
「ははぁ、まあそうなんすけどね」
「分かんねぇところは教えてやっから、ぐだぐだ言うんじゃねえよ」
「本当っすか?!さすが!やっぱアニキだぜ!」
 辺りの生徒にわざと聞こえるかのように騒ぐその連中は2年の生徒の集団だ。様子を伺う他の生徒達の視線が
皆明後日の方向を向いているのは、
通り過ぎていく集団があまり良い噂を聞かない連中だからであった。
「ねえねえアニキ〜、じゃあ化学の授業はちゃんと受けるからぁ、午後はカラオケでも行きましょうよ、ねえ、
俺もう勉強飽きちゃいましたよ〜」
 まるで、その場にいる他の生徒に自分達の不真面目さをアピールするかのようなしゃべり口。
 するとその中の一人、先ほどからアニキと呼ばれ一番背が高く誰もが目を取られるような銀髪の生徒が
不真面目そうな仲間の言葉に若干眉をひそめると少し突き放し気味に言った。
「あぁ?カラオケぇ?男ばっかでカラオケなんて面白ぇのかよ、カラオケへ行きてえんだったら、おめ一人で行けよ、
めんどくせぇ」
 一見一番ガラが悪そうに見えるその生徒だが言っていることはごく普通、だが雰囲気がいかにも不良と思われそうな
様相な為、なんだか違う言葉に聞こえてきそうだ。
「はは、まったくアニキは見かけによらず真面目なんだからな〜」
 集団がその言葉に大きく笑う。
 するとそのアニキと呼ばれた生徒はバツが悪いようにチィと口を小さく鳴らすと、手に持っていた教科書の角で
ゴリゴリと音がしそうなほどの動作で掻いた。
「アニキ、そんなに乱暴に頭を掻いてるとそのうちハゲになっちまいますぜ」
 別のもう一人の生徒がその行動にそういいながらガハハと笑う。
 するとアニキと呼ばれた生徒は自分の頭を掻いた教科書をその生徒の頭に振り落とし、当たるスレスレの寸でで
止めるとニヤリと笑った。
「うわぁ、当たるかと思った!びっくりしたなぁ〜〜」
 二人のそんなやり取りに他の生徒がゲラゲラと大きく笑う。
 アニキと呼ばれた生徒は『当てるかよ』とニヤリと笑ったまま言うと、仲間の頭の上で止めていた手を下に下ろした。
 政宗は不意にその言葉に反応するかのように、他のクラスの生徒のふりを止めると集団が通り抜けている
廊下の中央に出た。
 そして目の前を通り抜けるその集団と逆の流れに歩き始めると、前から来る集団の一人と肩がぶつかった。
「痛ってぇなぁ、てめえちゃんと前見て歩けや!」
「An?おまえ等の方こそ、周りの状況をよくみて歩けよ、てめえらだけの廊下じゃねえぜ」
「なんだと、てめえ」
 政宗の言葉に周りにいる生徒全員がぎょっとするように政宗を見る。
 だが当の本人政宗はそんなことなど気にもせず、目の前から歩いてくる銀色の髪に目を留めた。
 そして高校生にしてはクールすぎる表情の口の右端を上げると言った。
「集団にアニキなんて呼ばれるなんて、えらい変わりようだな、それともそう呼ばれるからそうなったのか?」
「あ・・・」
「Ha、同じ校内にいたのになかなか会えなかったな『長曾我部』」
「・・・・『伊達』・・・」
 政宗が少し見上げるように口の左端も上げるようにその生徒を見ると、前から近づいたその生徒は少しだけ
眉間に皺を寄せるように顔を歪めた。
 会話をするのはこれで2度目。
 二年前の冬の図書館で一度交わした会話の記憶が互いにその脳内で蘇っていた。



 ←【6】


※戻る