【海に帰るとき】(元親)
初夏の光が、軒下の天井裏に、美しい光の波を作り出す。
元親は、目の前の睡蓮鉢に張った水鏡に反射する、光の紋を静かに眺めた。
このところ天候が悪く、おまけに不安定な空模様が続いたことで、
元親は一月ほど船を出してない。
今日はたまたま、いい天気に恵まれのだが、明日また晴れるとは言えない雲行きに、
船を出すきっかけにもならないこの空の下、元親は何を思い付いたのか、庭に置いてあった
睡蓮バチに水を張った。
「はぁ〜、こいつはなかなかに泥が酷ぇなぁ〜」
元親は庭に無造作に置いてあった、睡蓮鉢を見つけると、井戸の水でそれを洗う。
山から引いている井戸の水は、鉢の泥と一緒に元親の手も洗うように流れると、
井戸の水の冷たさに今日の天気の良さが感じられるようだ。
「ひゃ〜冷てえなぁ〜」
元親はそんな声を上げながら、睡蓮鉢に溢れそうなほどの水を注いだ。
「よっこらせ」
元親はそんな睡蓮鉢を縁側に置き、その横に座り込んだ。
「はは、いい感じだなぁ」
睡蓮バチに張った水を、満足そうに眺める元親は、なんだか嬉しそうに顔を緩める。
ここのところ、元親は船に足を運んでいない。
それは、野郎共が船を守っているのを信頼しているということもあるが、それ以上に
海を走らず港に繋がれたままの船を見るのは、なんだか息苦しく感じてしまうからだ。
なのでここ数日は、屋敷にこもり空の様子を伺いながら、次の出航の作戦を練っていた。
だが元親は、数日そんなことをしていたせいか、急にふと海が見たいと思った。
しかし何だか、やはり船に行く気も起こらず、まるで思い立ったかのように今の状態となったのだ。
元親の目の前で、鉢に張られた水が揺らめく。
それぼど大きな鉢ではないが、初夏の風が吹き降りてくると、小さなさざ波が光に煌めき、
綺麗な波紋を見せている。
元親は、それをただじっと眺めて、頭のなかに海の様子を思い描いた。
「はぁ、やっぱり海はいいなぁ〜」
そんなことを呟きながら、しばらくそれを眺めると、不意に縁側の上にゴロンと仰向けに寝転がる。
そして腕を枕に目を閉じると、その頭の中は海を駆け抜ける船の上。
庭の木々が風に煽られザワザワ揺れると、まるで波のざわめきに似て、より一層海を感じられた。
ふと元親は目を開けた。
すると目の前の天井に波の紋が浮かび上がる。
「はぁ、こいつは綺麗じゃねえか」
元親の目の前で揺らめく波は、睡蓮鉢の水面が、光の反射で作り上げたもの。
木々のざわめきを聞きながら、下からそれを見上げていると、まるで海の底に居るかのようだ。
元親はジッと暫くそれを眺る、そして少しした後、急にガバリと起き上がった。
「お天とうさんのご機嫌を伺うのも飽きたなぁ、そろそろ、船の準備をするか、嵐が来たなら、受けて立つまで・・
・・・それに、逢いてえヤツもいるからなぁ・・・」
元親の顔が、西海の鬼の顔に戻るようにニヤリと笑う。
そして睡蓮鉢をそのままに、港の方を遠く眺めた。
船に着いたらまずこう言おう
「野郎共!船の準備だ!!」
と、海に響き渡るような声で・・・・・。
終わり
最近天気が不安定と思っていたら湧いたこれ。
元親が海に出たいのに出れないイライラをどうやってやり過ごすかと考えていたら、
こうなりました。
パインの脳内のチカちゃんは、ロマンチックなところがあるのでしょうねぇ(笑)
綺麗なものがとても好きで自然が好きでそして人間が好きな元親が、パインは大好きです〜〜。