【戦利品】

「肌寒くなってきやがったなぁ」
 元親は、小さな南蛮の硝子窓に映る自分の瞳の向こうに浮ぶ月を見てそう呟いた。
 月明かりを受けて煌く波は、青白い月の光をなお一層青く感じさせる。
「A〜、確かに夜風が冷たく感じるようになったな」
 呟いた元親の後方で、異国の酒を手の平で泳がせながら政宗が続けるようにそう言った。
 此処は元親の船の元親の部屋、板張りの床に板張りの壁、そこら当たりに海図や重機の設計図が散らばり、壁にも張られている有様な部屋。
 政宗はその元親の部屋の隅に置かれた木製の台に腰をかけて、元親からの戦利品の異国の酒をその香を楽しむように手の平で弄んでいた。
「あぁぁ!政宗、ほらここに杯があるからこれを使えって、そいつはなかなか手に入らない酒なんだぜぇ、もったいねぇ」
 元親は、貴重な酒を弄ぶ政宗に顔を顰める。
「A〜N、こいつは俺の酒だ、自分の酒をどう扱おうと、俺の勝手じゃねえか」
 政宗はそんな元親を見ると、愉快そうに笑う。
「ちぃ・・あの勝負は・・・ちいっと手元が・・狂っただけだ」
「HAN、元親、戦場じゃあ、そいつが生死を分けるんだぜ」
「な・・そ・そんなこたぁ解ってらぁ!」
元親は、政宗に当たり前のことを指摘され、悔しそうに奥歯を鳴らした。
「な・なぁ政宗、その酒は俺もまだ口をつけてなかったんだ、なぁ、一口、一口でいいからよ俺にも飲ませてくれねぇか?」
「HA・HA〜、一口ねえ」
 政宗が手にしている戦利品の酒、実は昼に手合わせをした際に、政宗が元親から手に入れたものであった。 

**昼の手合わせの場面**

「HEY、元親、小十郎の代わりに俺との手合わせに名乗りを上げるとは、俺に勝つ自信があるつもりか?」
「なんだぁ、はは、手合わせの相手が俺じゃぁ、相手にならねぇってのか?」
「NO、そうは言ってねえ、ただ俺と小十郎の手合わせは、そんじょそこらのただの稽古とは違うんだぜ、本気でやりあう、手合わせの間にちょっとでも気を抜くと、怪我だけじゃ済まねえこともあるぜ」
 政宗は、普段槍を使う元親が刀を構えて政宗の前に立つと、眉間に小さな皺を刻みそう言った。
「あぁ?俺は刀も使えるぜ、なんだ、そんなに俺との手合わせが嫌なのかぁ」
 元親は伊達に来るたび、忙しそうに動き回る小十郎を見て、自分も何かをと思い、小十郎に政宗との手合わせの相手を買って出たつもりであった。
「元親、てめえが弱いとは思ってねえが、小十郎の代わりを務めるってつもりだったら、俺は納得しねえ、その手に持った、刀を槍に持ち替えな、だったらまだ納得がいく」
「あぁ?槍?・・・まぁ確かに刀は普段使わねえがよぅ、なんだ、そんなに刀での俺との手合わせが納得いかねぇのか・・・・、じゃあこうしようじゃねえか、この手合わせに何かを賭ける、そうだなぁ、俺は・・・・そうだ先日手に入れた異国の珍しい酒がある、そいつを賭けようじゃねぇか、その酒はなかなか手に入らねぇモンだ、だからよ、それを易々とおめえに渡すのはちょいと勘弁ならねえ、だから今手に持った得物が槍だろうが刀だろうが関係なく俺はぶつかっていくつもりだが、どうだ?」
 政宗は、元親のその言葉に、少しだけ眉を動かす。
 そして、少しだけ沈黙すると、ニヤリと笑みを作り言った。
「OK、わかった、元親、今の言葉忘れんなよ」
 そして、そう言った次の瞬間、二人の刀は激しい火花を散らしたのであった。

**夜・元親の部屋に戻る**

「HEY、元親、あの手合わせで、俺に勝つ自信があったのか?」
 政宗は自分の手の平で転がす酒を、羨ましげに見る元親にそう言った。
「あぁ?・・・あ〜〜〜、なんだぁ、勝つ自信というかよ、刀をよ、おめえ1本だけしか持ってなかったからよ、もしかしたら大丈夫じゃねえかと思っただけなんだがよ・・・」
「・・・HA〜〜〜〜〜?1本だけって、手合わせにわざわざ六本も持たねえぜ」
 元親の言葉に呆れるように政宗が声を上げる。
「あぁ、まぁそうだろがよぅ・・・・・」
 政宗の言葉に、苦笑いの元親はポリポリと頭を掻いて見せる。
 互いに刀1本なら、政宗との手合わせに勝てるかもと、実際元親は思っていた、そして、そう思ったとおり、最初は良い感じであった。
 だが、段々と時間が経つにつれ、普段とは違う得物に元親の手がもたつき始めてしまい、とうとう、途中で刀を落とすという失敗をして負けてしまったのであった。
「HEY、元親、今度手合わせしてえなら、ちゃんと槍を使えよ、OK?」
 政宗は、苦笑いのまま政宗を見る元親を睨みつけるようにそう言う。
「お・おぉ、わかった、今度はちゃんと槍を使う」
 元親は、少しだけ自信過剰になっていた自分を恥じるかのように政宗にそう言う。
 すると政宗は、睨みつけていた表情をニヤリと歪め、元親の目の前に、酒を注いだ手の平を差し出しながらこう言った。
「OK、じゃあ、この酒飲んでいいぜ」
「え?これ?」
「YES、そうだ、俺の人肌で調度良い感じに温まった珍しい酒だ、飲めよ」
 そう言うと、政宗は手に注いだ酒をそのままに、酒瓶から直接酒をゴクリと一口。
 元親はそんな政宗に小さい声でお願いするように言った。
「いや、出来れば、この杯に注いでくれると嬉しいんだかよ・・・駄目か?・・・・」
 政宗は、そんな元親の様子に、部屋に響くような大きな声でHAHAHAと笑った。

 外は肌寒い秋の夜、その夜、奥州の港に留められた元親の船からは、楽しそうな政宗の笑いが絶え間なく聞こえてきたのであった。

終わり

2010/10/12 いちご松林檎


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